#02:センター試験に大失敗!そして気づいた好奇心

No.02 好奇心に従って生きる。ヤフー天才エンジニアの次の挑戦

元ヤフーエンジニア起業家、東山さんのインタビュー#01です!
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センター試験に失敗し、やりたい事を考え直す

– 高3になると、大学進学の時期になるわけですが、大学はどうやって決めたんですか?

親父から小1の頃からずっと”医者になれ、医者は儲かるぞ”と刷り込まれて育ってきたので、まずは自然と医学部を目指しました。

進学校だったのもあって、高3でも学校から何か言われることもなく、自由な環境だったので、放課後仲間と集まって勉強していました。

志望は、和歌山医大が最低ラインで、東大理三行けたら最高くらいの感じで考えてましたね。
和歌山医大は地元の名門医大で、智弁からたくさん先輩が進学していたので、そこが最低ラインでした。

模試は順調だったんですが、前回最後に触れたとおり、本番のセンター試験で事件が起こります…。

まさかの、国語が101点だったんです!笑
このおかげでセンターの平均点が84%だったかな?くらいになっちゃって。
医大行くなら90%くらいはとっとかないと行けなかったのに。

それから、医学部いかないとしたら、”他になにがやりたいかな・・・”と考え直したんです。

東山さんと佐久間さん
東山侑真|Yuma Higashiyama(写真左)。2015年に大阪大学大学院情報科学研究科を修了し、アライドアーキテクツ入社。2017年2月にヤフーに転職、飲食店予約サービスのデータ分析等を担当し、同社トップクラスのスピードで昇進。ヤフー同僚の佐久間氏(写真右)と共に、2018年8月に同社を退職、フリージア株式会社を創業。

自問し、自分の好奇心を深掘り

– そうだったんですね!どのように志望を考え直したんですか?

まず、将来の仕事について考えたんです。
医学部行くとほぼ自動的に医者になるわけですが、他の学部だとそこまで将来の職業に直結する学部は多くないので。

それで、まずは自分が興味ある事から考えてみたんです。

僕、元々SFとかすごい好きなんですよ。
医学部や医者をまず志望したのは、親の影響もあると思いますが、一番は脳の仕組みを解明したいというモチベーションだったんです。

脳をデータ化して、機械や別の体に入れて生き続けるとか、そういう研究やりたかったんです。
別に医者になって安定したいとかじゃなかったんですよね。振り返ると。

で、考え直してみると、今述べた脳のデータ化みたいに、何かアイデアを出してそれを実現するというクリエイティブな事が本質的に僕が好きな事だなって思ったんです。

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原体験は、中学生の掲示板

– アイデアを出して実現したいと思った、原体験は何かあるんですか?

あまり意識してなかったんですが、今振り返ると中学生の頃の経験にその原体験がある気がします。

小学生の頃、親父がPCを買ってきて、当時結構珍しかったんです。
親父がせっかく買ってきたし、使い方をみんなで覚えようって事を言って、パソコン教室に家族で通うようになり、PCの使い方を学びました。

今の学生の皆さんにはわからないかもですが、OSがWindows98でした。
Excelでカレンダー作成とか、ブラインドタッチのゲームとかを勉強しました。
面白くて、当時めっちゃハマってましたね。

この経験があったんで、中学の時に、学校の裏掲示板みたいなの企画して、作った事があるんです。
結構学年の友達が使ってくれてて、おもろかったんです。

そして、ちょっと短絡的ですが、何か自分でアイデア出して事業を作ってみたいなって漠然と考えるようになりました。

そこに、丁度”ブラッディ・マンデイ”って漫画が流行っていて、エンジニアと言うか、”ハッカーって格好いいな…”という気持ちが芽生え、情報系の学部を視野に入れました。
実際、事業をつくるにもIT技術が必要になりますし。

加えて、高校の頃ハマっていた、司馬遼太郎の”国盗り物語”を読んで、”昔は世の中取るなら武力、今の世の中なら情報だ!”という飛躍した思考をして。笑

こういう経緯で、最終的に情報工学部志望を決めました。

大学進学を巡って親父とバトル

– 大きな決断ですね。親父さんは納得されたんですか?

今の話をそのまま親父に伝えたんですが、普通にバトルになりましたね。

親父は浪人してでも医者を目指せという主張でした。

僕は自分の好奇心に従ってやりたい事を主張し、親父は社会的なステータスや安定した生活が保証されるといった切り口から医者を推奨していたので、ずっと平行線でした。

それでも、
僕は好奇心があるとそれをやらないと気がすまないんです。
僕の人生だから好きにやらせてくれ!と最後まで主張しました。

最後まで、親父は承認はしてくれませんでしたが、半ば呆れ気味に医学部に進まないという決定に反対する事はなくなりました。

情報工学の中には、実践に重きをおいた学部と、理論に重きをおいた学部があります。
僕はきちんとした理論をまず勉強したいなと思ったので、情報工学の基礎理論を扱うちょっと珍しい学部がある大阪大学を選びました。

振り返ってみても、この親父の話みたいな、社会的ステータス、儲かるみたいなステレオタイプな選択肢は全く心に響かなくて。

結構僕はその後も変わった意思決定するんですが、それは全て好奇心を重視した結果なんだと思います。

その時その時、その好奇心に従うのが正しいと確信して決めているので、全く後悔とかしたことないですね。


#00:好奇心を追い求める人生を貫く。元ヤフートップエンジニアの次のステージ
#01:神童であり、悪ガキ。気になったことは何でもやった
#02:センター試験に大失敗!そして気づいた好奇心
#03:売却益30万円。学生時代にサービスをイチから作る
#04:好奇心の矛先は、ビジネス・起業へ。学生団体で学んだ事
#05:仲間とともにビジネスをつくる。失敗も糧にする
#06:一年越しのSNS成功を機に、学問の道へ
#07:将来を見据えつつ、今やりたい事を両立する魔法の判断軸
#08:心の声を信じて好奇心を、貫く