#01:神童であり、悪ガキ。気になったことは何でもやった

#01:神童であり、悪ガキ。気になったことは何でもやった

No.02 好奇心に従って生きる。ヤフー天才エンジニアの次の挑戦

元ヤフーエンジニア起業家、東山さんのインタビュー#01です!
#00の概要はこちら!

超教育熱心な父だった

– 生い立ちから簡単にお聞かせいただけますか?

え、生い立ちからですか?笑

えーと、僕の経歴を超ざっくり言うと、和歌山生まれ、和歌山育ち、大学で大阪、就職を機に上京って感じです。

高校を卒業するまで和歌山にいました。
父親が超教育熱心な人で、小1くらいからずっと”医者になれ!”と言われ続けていました。

父は公務員で、仕事といえば国家資格を取るものだという信念があったんです。
そんなわけで、僕と2つ上の兄貴は医者になれと言われ続けて育ちました。

結構怖い親父でしたね。笑

東山さんと佐久間さん
東山侑真|Yuma Higashiyama(写真左)。2015年に大阪大学大学院情報科学研究科を修了し、アライドアーキテクツ入社。2017年2月にヤフーに転職、飲食店予約サービスのデータ分析等を担当し、同社トップクラスのスピードで昇進。ヤフー同僚の佐久間氏(写真右)と共に、2018年8月に同社を退職、フリージア株式会社を創業。

幼稚園児で分数をマスター!

– そうすると、幼少期からめちゃくちゃ勉強漬けだったんですか?

うーん、まあそういうことになりますかね。

和歌山には進学校の幼稚園があるんです。
聞いたことあります?笑
でもそういうのがあって、親父の意向で僕はそこに入れられました。
この幼稚園だと、卒業するまでに、例えば算数だと分数までマスターさせられるんです。

振り返ると、英才教育っちゃ英才教育だったんでしょうね。
クラスの30人中8人は智弁和歌山で再会しました。
※高校野球で有名な智弁和歌山(中高一貫)は、和歌山県トップの進学校。

この頃の智弁でも再開した仲間たちは、今の僕を形作ってる大きな出会いでした。
後々も触れる事になると思いますが、僕はチームで何かを楽しくやる事が大好きなんですが、そのルーツはこの仲間たちにあります。

卒園した後は一度地元の普通の公立小学校に進みました。
そこでは分数を既に修めている僕は無敵で、小学校1~2年生は神童と言われていました。笑

小学校3~4年生はサッカーに熱中しました。
親父も学校の成績が良かったので特に文句言われる事もなかったですね。
親父は教育熱心でしたが、勉強に支障をきたさず、ちゃんと子供の糧になる事であればやりたいと言った事は何でもやらせてくれる人でした。

だからですかね、僕はそういう親父の元でも、あまり抑圧された感じはなくて、自分のやりたい事はやりたいと主張する性格に育ちました。

小学校5年~6年は中学受験が控えていたので、サッカーを軽めにしてまた神童に戻りました。笑

この頃は中学受験の模試で和歌山県1位取ったりしてましたね。

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遊びも。勉強も。とにかく楽しむ

– 昔から勉強ばかりだと、プレッシャーや競争に疲れてしまう方もいますが、東山さんはそんな感じがあまりしませんね

僕はあんまり競争してる感覚なかったですね。
この後もずっとそうなんですが、競争ってあんまり好きじゃないんですよ。

小学校の勉強って言うてもそんなに競う感じでも無いじゃないですか。
サッカーもレギュラーぴったり11人しかいなかったので、レギュラー争いがなくて、みんなでワイワイって感じでした。

小学校の初めまでは親父の教育熱は兄貴に降り注いでいたので、僕はほのぼのって感じで。

更に小学校3年の頃に親父が離婚して、親父が仕事行ってる間は誰も管理してくれなくなったんで、夜までゲームしたりしてました。
当時はNINTENDO 64全盛期で、兄貴とずっと64やってました。

とは言え親父の前でそれはできないので、ゲームではしゃぐのは親父がいない日に限って、ですが。笑

新しいことを知るのはとても楽しかったので、勉強もあまり苦にならず楽しく出来てましたね。

だからあんまり今振り返ってもストレス感じてた記憶はないです。

競争でストレスフルだけど勝ち上がるって言うより、楽しくみんなで取り組む方が昔から好きでしたね。

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– その後順調に智弁和歌山に進学するんですよね?

はい、智弁和歌山中学に進学します。

始めは頑張ろうと思って、学級委員長を務めました。
真面目で、出来る雰囲気をめっちゃ醸し出していたと思います。笑

1学期は成績も良かったので誰にも本性がバレずやり過ごしたんですが、夏休みの宿題を一個もやってこなかったせいで、9月に本性バレました。笑

中1の2学期以降は成績だだ下がりでしたね。
学年で下から3番目の成績でした。笑

中学から電車通学になり、行動範囲が広がったおかげで、小学生の頃より遊ぶのが楽しくて・・・。
更に中学受験のために抑えていたサッカーも解禁したので、完全に勉強そっちのけでした。

– 親父さんカンカンじゃないですか?

当時、親父は3者面談後にちょっと説教する程度で、あまり厳格じゃなかったですね。

ただ、中2の春の中間試験の後、担任に呼び出されて説教されました。笑
そしてサッカー部を休部させられて、こりゃいかんと思って勉強しました。
期末でなんとか取り返して部活に復帰しました。
そして目標達成したので全く勉強しなくなる…のサイクルです。笑

この頃中2病に感染していたので、流行っていたEXILEのダンスかじったり、ギター買ってもらって練習したり、授業中はゲームしてました。笑

昔っから、面白そうと思ったらやらずにはいられないんです!
多分そういう性格なんでしょうね。笑

でも、中3から、よくつるんでた悪ガキ仲間が勉強し始めたんです。
高校は普通クラスと進学クラスがあるんですが、進学クラス目指すと言って。

周りがやり始めてから、”これはヤバイ”と思って勉強し始めたんです。

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高校で真面目路線に切り替え

– 高校では真面目路線に?

そうですね。
僕は仲間たちより勉強するのが遅かったので、まずは下のクラスに入り、そこでずっと1位の成績を取り続けました。

高2からは進学クラスに上がります。
智弁和歌山高校って、体育会系の部活は野球部しか無いんです。
サッカー部の活動がなくなった分、勉強に時間使った感じですね。

一応、応援団に入っていて、そこで筋トレめっちゃやってました。
智弁は部活やるなら、応援団しかなかったんですよ。
野球部はスポーツ推薦じゃないと入れないし。

勉強はそこそこ順調で。
勉強自体は新しい事が知れるし、問題を解けた時の快感もあるし、結構好きだったんです。

高2の時に親父と携帯電話をかけて、1科目以上学年5位以内に入る条件で勉強したりしてました。
昔から得意だった数学で5位以内に入って無事携帯電話をゲットしました。笑

– 遊び欲は減退したんですか?

遊びの方はむしろエスカレートしました。笑

仲間の一人の家族が離れに家を持っていて、そこにみんなで集まって遊ぶ日々でしたね。
後は海に行ったりとか。

携帯電話を手に入れてからはそれが加速しました。笑

でも、この頃は成績も悪くなかったし、仲間たちもみんな進学クラスだったので、親父も特に注意することはなかったです。

ここまではかなり順調なんですが、大学入試で事件が起こったんです・・・。


#00:好奇心を追い求める人生を貫く。元ヤフートップエンジニアの次のステージ
#01:神童であり、悪ガキ。気になったことは何でもやった
#02:センター試験に大失敗!そして気づいた好奇心
#03:売却益30万円。学生時代にサービスをイチから作る
#04:好奇心の矛先は、ビジネス・起業へ。学生団体で学んだ事
#05:仲間とともにビジネスをつくる。失敗も糧にする
#06:一年越しのSNS成功を機に、学問の道へ
#07:将来を見据えつつ、今やりたい事を両立する魔法の判断軸
#08:心の声を信じて好奇心を、貫く