河野涼

#03:オプトで最初の挫折。やりたい事が出来ないときの対処法

No.01 日本の伝統工芸を世界に。挫折を乗り越えた若手起業家の挑戦。

日本の伝統工芸を世界に発信するメディア、meets newを経営する若手起業家、河野さんのインタビューの#03です!
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コンプレックスから、新規事業を志望

– さて、ここからオプトの話をお願いします。どのようなスタートだったのですか?

オプトでは、内定者バイトと呼ばれていたのですが、希望すれば入社前から働くことが出来る制度がありました。
学生時代からネット広告について勉強し始めており、当時意識高い学生だった僕は、迷いなくそれに申し込んだんです。

なので、大学生の頃のバイトがオプトでの始まりですね。

4ヶ月間で、1ヶ月ずつ4つの部署をローテーションし、オプトという会社のビジネスの中身や社風に触れる事ができ、とても良い経験でした。

また、自分がやりたい事をやるためにも、入社前から社内ネットワークを作っておきたかったんです。

– 当時は何を希望していたのですか?

結論から言うと、新規事業がやりたかったんです。

新規事業というと人に語れてかっこいいという見栄も少しあったんですが、一番の理由は僕のコンプレックスです。

この頃、僕は器用貧乏である事がコンプレックスだったんです。

小学生以来サッカーは熱中してきましたが、プロになれるわけでもない。
勉強もそつなくこなしてきましたが、東大に入れるわけでもない。

”何かに没頭して極めた”とか、”この道は自分がNo.1だ”といったまさしく”自分の強み”が僕にとっては何もなかったんです。

何をやっても一定のレベルにはすぐに達するけど、その道のスペシャリストには絶対勝てない。

何かを極めた人を見ると、それと自分を比べて”薄っぺらいな…”と思っていました。

僕は当時、何かを極め、僕の道を創るには、残された道はビジネスしかないと思っていました。
そして、1番を目指すなら、新規性の高いものの方が、まだ先人も少なく可能性が高いのではないか。
そう考えたんです。

そして新規事業に携われるよう努力し、周りにアピールしました。

河野涼
河野涼|Ryo Kawano。明治大学商学部卒業後、新卒でオプト入社。社会人3年目の2016年には新事業としてJapan Madeを成功に導き、2018年に独立。現在はmeets newを経営。河野さんのTwitterはこちら

– 当時どんな新規事業を希望されたのですか?

当時ネット広告では、O2Oという分野がアメリカで盛り上がっていました。
O2Oとは、”Online to Offline”の略で、超ざっくり言うと、オンラインで見た広告や記事で、オフラインでの消費行動を促すコンセプトの事です。

とても単純化した例で言うと、WebサイトやSNS等でクーポンを出して、店舗に来てもらう動機づけをするといった感じです。
この商品すごいぜ!と押し付けるのではなく、あくまで自然に消費者に訴えるのがポイントです。

実は僕自身いわゆるネット広告はあまり好きではなくて。。。笑
ネットサーフィンしてる時に広告出てくると鬱陶しいじゃないですか。

でもこのO2Oのコンセプトは、消費者に広告と気づかせずに、これいいねと思わせて消費行動を変えるコンセプトなので、とても素敵だなと思ったんです。

しかし当時日本ではまだ盛り上がっておらず、O2Oマーケティングを謳っている企業は少なかったように記憶しています。

そして、内定者バイトをしていた時に、オプトにO2Oの部署があったんです。
オプトとしても立ち上げたばかりの新部署、新事業でした。

O2Oマーケティングがその部署なら出来ると聞き、すぐにそれを志望しようと決めました。

内定者時代から働いておくと、こういうメリットがありますね。

配属発表、まさかの・・・

– 希望部署に配属されるために具体的に何をされたのですか?

まず、配属を希望通り押し通すには、以下の2点をアピールする必要があると考えていました。

  1. その分野への強烈な情熱がある事を示す
  2. その分野でやれる能力を示す
1.情熱を示す

大きく、人脈作りと勉強ですね。

人脈の観点では、内定者バイト時に、まずO2Oマーケティング部署の担当者を紹介してもらい、話し込んで仲良くなりました。
この時担当者の方としっかり議論できたのは、僕自身がきちんとO2Oマーケティングを勉強していたためです。

勉強の観点では、大学が商学部だったので、マーケティングを先行しており、O2Oをテーマに卒論を書きました。
もちろん、その論文をオプトに提出しました。

そして入社後は、研修中からO2Oマーケティングの部署に行きたいと宣言し続けていました。

2.能力を示す

こちらは結果を出すことが一番だと考えました。

当時のオプトでは、新卒は集合研修をまず受け、その後配属されるというプロセスでした。
なので、新卒研修で能力を示せば、希望通りの配属が勝ち取れる確率が上がると考えたんです。

新卒研修では毎日何かしらの試験がありました。
僕は大学時代から勉強していた事もあり、全体で2位という結果で研修を終える事が出来ました。

– なるほど、ここまでは順調だったわけですね

そうなんです。

研修で結果を出したし、毎日O2Oマーケティングをやるんだ!と宣言していたので、その部署に行けると確信していました。
周りの同期も同じように思っていたと思います。

・・・にもかかわらず、僕はリスティング広告部門に配属されたんです!

写真

気持ちを入れ替えて頑張る…?

– それはショック大きいですね・・・

当時はショックでした・・・。

でも実は、オプトの収益の柱はリスティング広告だったんです。

人事としては、まずはオプトの王道の事業をきちんと学んだ上で、新しい事業に挑戦してほしいという考えだったようです。
リスティング広告は、当時活躍している社員の方々がみんな通ってきた道だったんです。

最初はなぜ僕はあれだけ努力して主張してきたのに、O2Oマーケティングじゃなくてリスティングなんだ…
と理解できず、自分の中で消化しきれませんでした。

それでも、会社は僕に期待をしてくれている事は伝わったし、ある意味王道ルートで、会社の収益源でもあるので、”誇らしい事だ、頑張ろう”と心を入れ替えました。

– 配属で一気にやる気を失う新人も多い中、切り替えて配属の挫折を乗り越えたんですね

切り替えられたというより、なんとか切り替えようとしたという方が近いかもしれません。

実際、頑張ろうと思ってリスティング広告の仕事に取り組んでいたんですが、やはりどこか物足りなさを感じました。

はじめは知らないことばかりなので、仕事ができるようになる実感があって面白かったです。
しかし、仕事に慣れて新しい事をしようと思っても、なかなか受け入れてもらえませんでした。

新しい物好きの僕が、新しいテクノロジーを仕入れてきて部署のメンバーに話しても、それを知らない事が多かったんです。

僕は新規性が高い事をして、それを極める事でコンプレックスを乗り越えたいと考えていたので、これは物足りませんでした。

当時のリスティング広告は、既存の仕組みを運用していれば収益が生まれる状態だったので、あまり新しいものに貪欲な組織ではなかったんです。

日々の業務はちゃんとこなしていましたが、悶々とした日々でした。
何かを極めて自分の道を作りにオプトに来たのに、今自分は何をやっているんだろう・・・って感じで。
完全に悶々期でした。

前代未聞の3ヶ月で部署異動

– 悶々期はどのように突破したのでしょうか?

リスティング広告の業務はきちんとこなしていましたが、物足りなさがある状態でした。
それでも粛々と業務をこなしていたのですが、配属されて3ヶ月近く経った頃、転機がありました。

当時オプトでは、コンテンツマーケティング事業を行う子会社を設立する予定があったんです。
グルーバーという社名でした。

コンテンツマーケティングとは、記事や動画、写真等を駆使した”コンテンツ”を用いて、行うマーケティング手法の事です。
すぐにものを買ってもらうのではなく、コンテンツを通して自社製品の潜在顧客を開拓し、ファンを作るという、やや長期的な視点にたったマーケティングです。

読み応えのあるコラムや、SNS等で流れてくる動画や写真等というとコンテンツがイメージしやすいでしょうか。
広告と思わずコンテンツに触れているうちに、気づいたらその商品が好きになっている感じです。

このコンセプトは、僕が学生時代から研究していた鬱陶しくない広告だと考えました。
配属希望を出していたO2Oマーケティングとも概念的には近いものがあります。

そして、悶々期を打破するため、グルーバーへの異動申請を出す事を決心しました。

– 配属後3ヶ月でですか!

はい。

会社にはジョブポスティングという、社内異動制度があり、社歴に関係なく利用する事ができたんです。
このコンテンツマーケティングを行う新子会社グルーバーもジョブポスティングで人材募集をかけていました。

僕は悶々期を打破するためにも、やりたい事をやるためにも、迷わず決め、グルーバーの社長とも直談判してジョブポスティングを申請しました。

全く新しい事業、会社を立ち上げる経験もなかなか出来るものではないので、なおさら意欲は高かったです。
新規性が高い分野にこそ、僕が一番になれる可能性が眠っていると思っていたので。

ちなみにこれを1年目で申請した人はだれもいません。
なので前代未聞と言われましたね。笑

もちろん、リスティング広告の上司にも思いを正直に伝えました。
最初は驚いていましたが、熱心に説明した事で、最終的には理解し、応援してくれました。

そして1年目の10月に正式にグルーバーに移動しました。

ここまでを時系列にまとめると、

  • 2014年4月:オプト入社
  • 2014年4月~5月:研修修了、広告運用の部署に配属
  • 2014年8月:ジョブポスティング申請
  • 2014年10月:グルーバー異動(出向)

となります。

やりたい事が出来ずに悶々としているくらいなら、勇気を出して自分の意志を主張しました。
そして今振り返っても、良い決断だったと確信しています。

悶々とした時は、本当に自分がやりたい事を改めて見つめ直し、勇気を出して声をあげ、アクションする事が重要だと思います。


#00:日本の伝統工芸を世界に。挫折を乗り越えた若手起業家の挑戦。
#01:将来の夢は金持ちになること。漠然と社長になりたかった。
#02:社名や規模は意味がない。就活はやりたい事を考え抜いた
#03:オプトで最初の挫折。やりたい事が出来ないときの対処法
#04:オプトでいきなり新規事業。ぼろぼろになって気づいた事
#05:ついに掴んだ、”自分の領域”
#06:選択肢を探せ。我慢するな。やりたい事を自分のペースで。