河野涼

#02:社名や規模は意味がない。就活はやりたい事を考え抜いた

No.01 日本の伝統工芸を世界に。挫折を乗り越えた若手起業家の挑戦。

日本の伝統工芸を世界に発信するメディア、meets newを経営する若手起業家、河野さんのインタビューの#02です!
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大学時代はサークルに熱中

前回は大学入学までお話し頂きました。次は大学時代についてお伺いできますか?

小学生時代からサッカーをしていた事もあり、フットサルサークルに入り、そこでの活動に熱中していました。

”自分の所属するコミュニティをイケてるものにする”という小学生以来の自分のポリシーは、ここでも貫きましたね。

所属していたサークルは、毎年男女30人ずつの定員に対して300人以上の応募がくる人気サークルでした。
男女比が半々だったこともあり、いわゆる”チャラいサークル”というイメージを持たれていました。

フットサルが本当にうまいメンバーや、大好きなメンバーが集まるサークルだったので、僕はそれがとても嫌で、改善するために代表になりました。

このサークル活動が学生生活の中心でした。
就活でもサークルの話で推す事が多かったです。

– なるほど。サークルが中心な、言ってしまえば割と普通の大学生だったんですね

そうですね。
特に物凄い実績や成果を残したわけでもないですし、自分でも普通の学生だったと思います。
ちょっと、いわゆるウェーイって感じのタイプだったかな。笑

生活の中心はサークルとバイト。
GPAがめちゃくちゃ良かったわけではないですが、勉強もそこそこちゃんとやっており、単位も人並みに取ってました。

ゼミに2つ所属して卒論を2本執筆したのは少し変わったところだったかもしれません。
これをやり遂げた事は、僕にとって自信になりました。

河野涼
河野涼|Ryo Kawano。明治大学商学部卒業後、新卒でオプト入社。社会人3年目の2016年には新事業としてJapan Madeを成功に導き、2018年に独立。現在はmeets newを経営。河野さんのTwitterはこちら

始めはミーハー就活生、されど・・・

– 就活はどんな感じだったのですか?

そもそも社長になるとか言って大学に来ただけあって、働くことにはとてもポジティブでした。

なので就活も3年生の6月のインターンシップ解禁から開始した、いわゆる意識高い系学生でしたね。
あまり学生同士で群れることもなく、仲が良い同期と2人でいつもESを添削し合ったり、面接対策をしたりしていました。

就活初期は、かなりミーハーに商社ばかり見ていました。
大きなお金を動かすとか、でかいビジネスをやるとか、グローバルだとか、見栄えのいい事に惹かれていました。

しかし、とある商社のインターンシップに参加した時に、ちょっと違うかもと思ったのです。

まず人が僕のタイプと合わないと感じました。
なんというか、ギラギラしているというか、体育会系と言うか…。
僕はそういうのが苦手だったので全然馴染めませんでした。
もちろん、そういう人ばかりではないんですけどね…!

そこで悶々としていたところに、いつも一緒に議論していた友人から、”涼は全然商社じゃないよ!”と一喝してもらい、目が覚めました。

そして彼に手渡された、”渋谷で働く社長の告白”を読んで、物凄い感動したんです。
その時、自分の好きな事や大切にする事を軸に据えて就活しようと思いました。

※”渋谷で働く社長の告白”は、サイバーエージェント創業社長の藤田晋氏の著書。サイバーエージェント創業~拡大に至るまでのストーリーが描かれている。

– どのようにそれから変わったのでしょうか?

まず自己分析をやり直しました。
そしてやっぱり自分が大事にする事と商社がかけ離れている事がよくわかったんです。

商社への志望動機はどこか自分の本音で語れていなかった。
見栄があったのだと思います。
周りからかっこよく見られるとか、社会的にステータスが高いとか、そういうものに惹かれていたので当然ですね。

彼には今でもそれに気づかせてくれて感謝しています。
ミーハーを貫いて商社に入っていたら今の僕はなかったと思います。

”会社名や規模ではなく、僕が好きな分野、仕事ができる企業に行こう”と決心し、定めた軸が以下の3つです。

  • 自分のアイデアを仕事にできる
  • 成長産業である
  • 配属リスクが少ない企業である

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自分の軸に沿った就活にシフト

– もう少し掘り下げてこの軸を伺えますか?
自分のアイデアを仕事にできる

僕は昔から、あまり世の中に出ていない新しい事に触れる事が好きでした。
その最たる例がインターネットですね。
結果的に新卒で入社するオプトもインターネット系の会社です。

実は小学生の頃から、ネットオタクだったんです。
読者の方はもうご存じないと思いますが、モナチャトが初めてハマったインターネットコンテンツです。
その後も、前略、ミクシイ、2ch等、いろいろネットコンテンツにハマっていました。

このモナチャト、前略、ミクシイ、2chはすべて、自分が何かを発信する事が楽しかったという共通点があります。

この”自分がアイデアを作り、発信する事”が大好きな事だと気づき、”自分のアイデアで仕事ができる”事を軸に加えました。

成長産業に入る

成長産業に入る事は、渋谷で働く社長の告白がきっかけです。
当時は社会人になったら死ぬほど働いて、どんどん成長して金を稼ごうと考えいたので、当然産業全体が伸びていて、資金が集まるところに行きたかった。

配属リスクが低い

配属リスクが少ない企業を目指したのは、自分のやりたい事ができる確率を高めるためです。
自分が好きな業務内容でないと、そもそも仕事が続けられなくなると考えました。
誰でも好きなことは頑張れるけど、退屈な事はやりたくないですよね。
僕はそれを人より重視しました。

自分のやりたい事が出来るかを見たかったので、OB訪問が情報収集の中心でしたね。
会社説明会等は会社の良い面ばかり強調されてしまうので、生の話を聞こうと思って動きました。

– 結果どのような志望になったのでしょう?

結論から言うと、インターネット広告、人材、広告代理店に絞りました。

インターネット広告は、当時新しく、急激に成長していた分野でしたし、僕が考えた広告プランや商品を仕事にするチャンスも大きいと感じていました。
若い企業が多かったので、主張すれば望んだ仕事ができそうで、配属リスクも小さそうだった。
渋谷で働く社長の告白の影響もあり、第一志望はこの業界でした。

人材は、いわゆるキャリアコンサルタントの仕事を志望しました。
候補者の人生相談に乗り、相手と深く話し合った上で将来を一緒に考える事も、僕にとっては自分のアイデアで仕事をする感覚がありました。

広告代理店はインターネット広告業界と近い志望動機ですね。
大きい会社になるため、ネット系に比べるとやや配属リスクは高いですが。

この軸で見ていくと、例えば高校の頃言っていた、メガバンクは選択肢に入らなくなりました。
銀行業は成長産業ではないし、業務内容も僕が面白いと思うものではありません。

また、商社はインパクトは大きいかもしれませんが、業務内容があまり好きなものではありませんでした。

ここまでの過程で自己分析はノート1冊分はやっていたので、面接で自分のことは何を聞かれても打ち返せる状態でした。

決めてはイケてるコミュニティ

– その後どのような経緯でオプトへ?

最終的にオプトに進む事になるのですが、渋谷で働く社長の告白の影響もあり、サイバーエージェントが第一志望でした。

順調に両社共に選考が進んでいたのですが、サイバーエージェントは最終面接で落ちてしまったんです。
何故落としたのかメールで会社に問い合わせるくらい、当時はすぐには諦めきれませんでした。
今振り返ると、自分とサイバーエージェントがあまり合わないというのをしっかり見極められていたのかもしれないなと思います。

オプトから内定を頂いたのはちょうどそんなタイミングでした。

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– 即決だったんですか?

いえ、それが全然違くて。笑

確かにオプトはインターネット広告代理店という、僕が重視していた、自分のアイデアで仕事ができる会社でした。
インターネット広告自体も成長産業で、創業して若い小さい会社だったので、新卒でも主張すればやりたい事ができそうな環境でした。

でも、実は当初はものすごく積極的にオプトに行きたいという理由もなければ、逆にあえて断るほどの理由もないという感じだったんです。
生意気ですが。笑

そして当時生意気盛りの意識高い学生だった僕は、素直に人事に対して、”今すぐオプトに行きますと回答出来ません。”と答えました。
やっぱり生意気ですね。笑

しかしオプトの人事はその時、”別にいいよ。色んな会社見て満足するまで就活しておいで。それでもオプトがいいなら連絡して。”と回答してくれたんです。

僕はオプトの余裕、かっこいいなと思ったんです。
大半の会社は内定者を囲い込みすることが常ですから。

そして人事が、会ってみたい人いる?って聞いてくれたので、生意気盛だった僕は、”オプトで一番優秀な社員に会わせてください”って言ったんです。笑

それでも、全然OK。
余裕を持って対応してくれました。
ここでもオプトかっこいいいなと感じましたね。

– 社員さんに会わせろって事は、オプトはOB訪問していなかったんですか?

そうなんです。
オプトは当初そこまでの志望度ではなかった事と、オプトに繋がりがあまりなかったので、OB訪問をしていませんでした。

そして、会って頂いたオプトの一番優秀な社員が、本当に魅力的な方でした。
千葉県佐倉市出身で近かったので親近感を持ったこともありますが、頭の切れ、物腰の柔らかさ等、本当に魅力的な方で、すっかり魅了されてしまいました。

そこからは早かったですね。
翌日にはオプトに入社することを連絡しました。

これが3年生の3月です。
僕の就活はここで終わったので、当時4年生の4月解禁だった経団連の大企業に選考は一つも受けていません。

– 決めては社員だったと

はい。
社員さんと、余裕のある、オプトというコミュニティがかっこよかったからです。

僕は小学生以来、自分が属するコミュニティをかっこよくしたい、イケてるコミュニティにしたいというポリシーを持っていました。
なので、イケてるなというコミュニティに出会ったと確信した後は決断も早かったです。

自分が大切にしている軸にマッチするかどうかで判断すると、不思議と怖くなくて。
自分でも意外なほど、すんなり意思決定できました。
それだけきちんと”自分はこうしたい!”を考えていたから、迷いなく決められたんだと思います。

選択をする時は、迷うのは普通の事です。
ですが、自分の軸を明確にして、それに沿って意思決定出来るようにしておくと、重大な決断でも確信を持つことが出来るのだと思います。

そして確信を持って意思決定している感覚があると、正解か否かはあまり気にならなくなります。
むしろ、選んだ道を正解にするという心意気で取り組めるようになります。
僕は、その方があるか分からない”正解”を探すより重要だと考えています。


#00:日本の伝統工芸を世界に。挫折を乗り越えた若手起業家の挑戦。
#01:将来の夢は金持ちになること。漠然と社長になりたかった。
#02:社名や規模は意味がない。就活はやりたい事を考え抜いた
#03:オプトで最初の挫折。やりたい事が出来ないときの対処法
#04:オプトでいきなり新規事業。ぼろぼろになって気づいた事
#05:ついに掴んだ、”自分の領域”
#06:選択肢を探せ。我慢するな。やりたい事を自分のペースで。